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<書き起こしレポート:後編>今まで誰も教えてくれなかった、人間関係のモヤモヤを解消するコツを伝授「私らしさを知り、コミュニケーション能力を上げる7つの方法



猪熊:それでは今回の授業のタイトルでもあるコミュニケーションがうまくなる7つの方法ということでお話ししていきます。

まず1つ目ですね。私も心理を学んだんですけど、心理学を学んでいるときは、大学を卒業することとか、テストで点を取らなきゃいけないという感じで、学問として学んでいたので、大学生で若かったのもありますし、そんなに実践に紐づいていなかったんですけど、でも大人になっていろんな人間関係に苦労したり躓いたときに、心理学に立ち止まって考えてみると、あのときの知識を思い出したらこういうことに役立つかもしれない、というのが多くて、実践として使えるようになったのは社会人になって以降かなという風に思っています。



猪熊:(上の図を見て)この図を少し見ていただきたいのですが、こういう夫婦喧嘩がよくあったりしますよね?人間の中には、いわゆる認知している、自分が気づいてる領域と、気づいていない領域があるんですけど、他者と喧嘩になったりトラブルになるときって、自分の中で見えている領域と、見えてない領域があるんですね。

例えば、私が旦那さんに対して「どうしてこの人、片付けられないのかしら」という不満を募らせていたとします。ここはある程度、自分で自覚がある、認知できている部分だと思うんですけど、この片付けられないというのを相手に言うときに、「ご飯の前に片付けてよね」と言ったとします。でも、その言ったときの自分の表情とか、口調、怒った感じで言っているかどうかって、実はあんまり自分の中で認知できていないですよね。見えていない形になっています。自分の行動によって相手がどう感じたか、自分には見えてないんですよね。こういう言い方をしちゃったので、相手が「頭ごなしに怒るなんてひどい」みたいなことを感じたとします。相手の認知は見えていないんですけど、相手の認知が見えてないまま、相手側の行動が自分には見えてくるんですね。「今片付けようと思ったところだよ」って向こうにぷんぷん怒られちゃうと、「いつも口だけじゃない」みたいな喧嘩になったり。

大体の問題って、自分の見えてない領域のところに問題があることが多いです。自分の行動に怒った感じで言わなくてもいいのに、怒った感じで言ってしまってるので喧嘩になるとか。相手がこう感じたんじゃないかっていうことを共感することがないまま、相手が怒っているからさらにヒートアップしていくとか。そこが見えていないことで、トラブルになることもすごく多いかなと思います。


 お互いに見えていない、認識できていない領域をそのままにして、言葉かけを変えるとか、 怒りをコントロールするとか、ぶっちゃけて話すっていうことをしたとしても、問題って表面的にしか解決できないんですね。もしくは、かえって悪化させてしまうこともあるんです。自分からは、相手がどう感じたかという相手の認知と、自分の行動って見えにくいんですけど、相手の認知として相手がどう感じたかということを感じ取ろうとすること、自分がこういうことをされたときにイラッとした表情で強い口調で言ってしまいがちになることや自分のコミュニケーションの癖を知ること、自分の思考の癖を知ることによって、コミュニケーションを変えることができるかなという風に思っています。



猪熊:2つ目は、正しさとか真実が人の数だけ存在することを理解するということなんですけど、戦争もなぜ起きるかというと、その戦争をしてる人たちも人殺しなんて悪いことってみんなわかってるのになぜ起きるかというと、それぞれの正しさがあるわけですよね。宗教的な正しさもあるし、国のためにという正しさもあるかもしれないし、もしかしたら家族を殺されて、それに対する復讐をしなければいけないという正しさかもしれない。価値観の異なる人とぶつかるときって、悪意があるときもあります。だけど、お互いに悪意がないこともすごいあるなと思っていて。じゃあ、お互いに悪意がないのになぜ人とぶつかるかと言うと、お互いの正義がぶつかってしまうからなんですね。



猪熊:例えば、こういう円柱の図を想像してほしいんですけど、Aさんは真横から見ているので丸にしか見えない。これは多分ボールだよというAさんの正しさ、Aさんにとっての正義、Aさんにとっての真実が見えているとします。Bさんはこれを上から見てるので、Bさんの正しさとしては長方形の箱に見えていた。実際の事実は円柱なんですけど、事実を捉えられる人ってなかなかいなくて、皆さんそこで見ている視点の中での正しさを本気で信じ込んでいるということなんですね。正義って人の数だけ存在するんですけど、真実は1個だけ。自分の正しさだけを主張すると、相手を傷つける凶器になってしまうこともあるのかなという風に考えています。 


よく職場とか家庭で起こることとして、特に喧嘩になって炎上してヒートアップするときは、言い負かそうとする心理というのが働くんですね。言い負かそうとする心理って、相手より自分が上だと思っていたり、自分の主張を通したいと思ったり、勝ち負けをつけたいと思ったり。 実は、相手が正しいと知っているんだけど、今更引けないので言い負かしてやろうみたいなこともあったり、言い負かすって結構気持ちいいんですよ。すごく一時的な快楽なんですけど、言い負かせると気持ちがいいので言い負かしてやろうということでヒートアップする、この一瞬の優越感で人間関係がこじれて絶縁してしまうということもあるので、わーって喧嘩になったり、言い合いになったりしてしまうみたいな問題を抱えている人は、その中で言い負かしてやろうという心理、その一瞬の優越感とか一瞬の快楽のために、そういうモードに入ってしまっていないかということは確認した方がいいのかなと思っています。 


これはとある漫画に書いてあったんですけど、『人が最も残虐になるときは「悪に染まった」ときではない!!真偽どうあれ「正義の側に立った」と思ったときに人は加虐のブレーキが壊れるのだ!!何せ「自分は正しい」という免罪符を手に入れてしまうのだからな!正義という名の棍棒で悪と見なした者の頭を打ちのめす快楽に溺れてしまうものよ!』本当にボコスコに殴っちゃうんですね。相手に悪いことしてやろうとか、傷つけてやろうと思っていなくても、自分が正しいという打ちのめす快楽だけにはまってしまったときの方が人間関係を崩しやすいので、そこは非常に注意が必要かなという風に思っています。 


これは職場でも家庭でもよく起きることなんですけど、特に職場において上司と部下の関係で起こる言い負かす心理としては、上司側が部下に対して「間違っていることを正しいと勘違いされては困るから、ここでちゃんと言い負かしてこっちが正しいって理解させなくては」とか「正しくし指導しないとこの人の成長にならない」って言い負そうとしてしまったり。部下側としては、「ここでちゃんと言っておかないと自分がずっとストレスをためることになるから言わなきゃ」とか「あなたが上司なんだからそれぐらい分かれよ」みたいな気持ちになって言い合いになったり、トラブルになることがあります。それぞれの文脈の中で、それぞれが正しさを主張しようとする意味があるので、そうならないようなコミュニケーションを取っていくってことを意識することが必要かなと思っています。


言い負かす心理になっていることにもし気づけるのであれば、言い負かそうとしないほうがいいです。言い負かすコミュニケーションって、喧嘩とか圧力しか生まないです。そうじゃなく自分の主張を伝えて、喧嘩にならず、言い負かしにならずに、相手にそれを理解してもらう他のコミュニケーションもあるので、言い負かそうとして言わない方がいいっていう感じですね。この後にも出てくるんですけど、2つやり方があって、1つは上司側が何を正しいと思っているかということに対して、ちゃんと思いを巡らせて考えてみるということですね。もう1個が、この後にまた出てくるんですけど、「アサーティブコミュニケーション」と言って、自分がイエスマンになって受け身で全部受け止めるでもなく、自分がすごい攻撃的になって反論するでもなく、自分の主張をちゃんと伝えながら相手に理解してもらうというコミュニケーションの手法があるので、できればそういうコミュニケーションに変えていった方がいいかなと思います。



猪熊:もし誰かとのコミュニケーションでお互いに分かり合えないとか行き詰まってるときのワークです。この記入例で言うと、夫婦関係を想定して、夫婦の時間をもっと増やしたいという夫と、それぞれにとって自由な時間が必要という私の意見が分かれて、お互い険悪な雰囲気になっている場合に、それぞれがどんな主張をしているのか、どんなことを正しいと信じているのかを書き出していくわけですね。自分としてはこういうことを主張したいから、こういう言い方してきて、 どんな正しさを信じているのか想像してみたり。想像した後に、最後の3番が最も難しいんですけど、私側と夫側ではどんな視点や会話、理解が足りていないかというのを考えてみます。 

どんな主張をして、どんな正しさを信じていて、じゃあ何が足りていないかというと、例えば、お互いにとってどんな夫婦像や理想や目標として築き上げていきたいかということ、全然話したことないなとか。それぞれの個人の幸せってどんなものかって、夫婦だからって理解できてるかというと、そんなに理解できてないし、じゃあ夫婦としての幸せってどんなものかってことも全然話したことないことに気づくと、旅行に行った先とかもいいかもしれないですし、ゆっくり2人の時間も取れるのときに、めっちゃ恥ずかしいですけどこういう話をしていくと、「ああ夫婦としてはこういうことが幸せだ」って目指していきたい中で、私は個人の幸せのために自由な時間が必要とか、でも旦那さんは夫婦時間が必要だと思っていることも理解できるってこととかを、喧嘩せずに伝えられるようになっていったり、そういう風にお互いを理解していくのがすごく重要です。ただこのワークするときにはめちゃくちゃ想像力働かせないといけないし、相手がどう考えてるんだろうということをすごく相手の立場にならないといけないのですごく難しいんですけど、立ち止まって時間をかけて考えると、突発的に問題が起きていたコミュニケーションよりは違うコミュニケーションを取れるという段階に行ける可能性は大いにあるかなと思います。



猪熊:3つ目は、親に褒められたかどうかが「自己肯定感」に影響するということで、私は女性の自信の形成の研究とか色々していたんですけど、自己肯定感ってさっき出てきましたけど環境の要因も大きいですし、その中でも親に褒められたかどうかってすごく重要です。



猪熊:基礎の心理学として必ず学ぶ「エリクソンの発達段階」という、赤ちゃんとして生まれてから老いていくまでに、 心理的に達成すべき発達課題という課題があって、その課題を乗り越えられたか乗り越えられないかで、その人の考え方や性格、 コミュニケーションに与えていく影響が大きいものが決まってきます。それがそれぞれの年齢ですね、数字が書いてある年齢のイメージで、それぞれに達成すべき課題があったりするんですけど。私は今38歳ですが、成人初期に達成すべき発達課題は愛で、これがうまく達成できると親密性を得ることができて、これ達成できないと孤立を得てしまう。


特に、自尊心とか自己肯定感というところで言うと、乳児期と言われる0歳~1.5歳までの間に、1番最初に達成すべき課題として基本的信頼というのがあります。 赤ちゃんのときに、泣いたらママがすぐ抱っこしてくれるとか、お世話をしてくれるとか、関わってくれている感じとか、愛情を持って接してくれている感じとか、そういうものが構築されることによって、基本的信頼感は養育者からちゃんと愛情を得られると、自分がなんとかやっていけるという信頼感が得られるってことなんですね。 ただこの時期にその基本的信頼感がうまく獲得できないと、人間全般に対して感じることもありますけど、基本的な不信感を感じてしまう。



猪熊:ここに1〜11までの項目があるんですけど、今自分の性格の中でも、この1〜11の中で項目が多ければ基本的信頼感は高いと言われます。逆に低いと、もしかすると基本的不信感が高まっているかもしれないという風に言われます。自尊感情とか自己肯定感が結構重要。もし虐待するような親御さんだったら、基本的信頼感の獲得が難しいってこともありますし、そうじゃなくて普通の親御さんでも、兄弟が多くて親御さんにも余裕がなくて、赤ちゃんだからってすぐ抱っこできるような状況にないとか、そういうときに受け止め手側の赤ちゃんによっては、基本的に不信感が少し募ってしまうこともあるかもしれないですし、いろんな家庭環境の中で影響を受けることがあるということですね。


もう1個、親に褒められたかどうかというのも自己肯定感に影響するという風に言われていて、褒められた子供と褒められなかった子供でいうと、褒められた子供のほうが、有能感や全能感があるという風に言われてるんですけど、褒められすぎはあんまり良くないとも言われていて、あんまり褒められすぎちゃうと、社会に出たときにそんな褒めてくれないじゃないですか。ギャップにつまずいて心折れちゃう子が多いので、親は適切に褒めたり、結果ではなくてプロセス(過程)を褒めたり、努力を褒めた方がいいと言われています。 

褒められなかった子供って自分を否定されることを極度に嫌がる。だから自分を否定するような人をすごく避けたり、 怒りの感情が出たり、自分を否定するものをなかなか認めることができない。これはすごく傷ついてるので、これ以上傷つけられたくないという思いがあったりします。養育環境って選べないじゃないですか。子供の頃どういうところで養育されるかって選べない中で言うと、そういう環境で育ってきたとしても、だからと言って幸せになれないわけではなくて、大人になってからできる方法というのがあります。



猪熊:最近トレンドというか注目されているのが、人と比べて自分の好きなことで、自分を少しずつ褒めていく訓練として、 セルフコンパッションという考え方が結構広まってきています。セルフコンパッションとは何かと言うと、自分への思いやりのことですね。自分への厳しみとか、自分への思いやりということで、他者を思いやるように自分自身のことを大切に思うことというのを、自己慈愛と言ったらいいんですかね。セルフコンパッションと言います。 おすすめの本を2つ書いてます。

クリスティン・ネフさんの「セルフ・コンパッション」って1番有名な本なんですけど、実際にあんまり褒められてこなくて、自己肯定感がそんなに高くないなとか、自分自身の感情を感じるのが苦手だなという方は、実際にセルフコンパッションのワークができる、ワークの仕方が書いてあるワークブックもあります。この中に書いてある代表的な例で言うと、セルフコンパッションのワークで氷を握りしめるというワークをするんですよ。それをアイスエクスペリエンスと言ったり、アイスエクササイズと言ったり、アイスキュービックチャレンジと言ったり、いろんな言い方をします。このセルフコンパッションのワークの中の1つでアクセプタンスという考え方があって、自分のダメなところ、ネガティブを受け入れるという訓練があるんですけど、じゃあ何のために氷を握りしめるかというと、氷握りしめてるときに最初は多分すごく嫌な感情しか生まれてこないと思うんです。「冷たいな」とか「嫌やな」とか「これやってて何の意味があるんやろう」とかそういう思いが出てくると思うんですけど、その思いもずっと受け止めて放っておきながら、ずっと氷を握りしめるという訓練をするんですね。そうすると自分のネガティブな感情というのは思考によって起こされているもので、その思考に従って氷を手放す必要はなくて、そういう思考はあるけれどもそのまま置いといてみようみたいな訓練をするんですよね。そしたら「氷って冷たいな」とか、「なんかジンジンしてきたな」とか、ネガティブなものじゃなくてただ感じるみたいな訓練、アクセプタンスの訓練をするために、氷を握るというエクササイズがあります。そういうセルフコンパッションのワーク、 ネガティブな自分の感情というのもありのままに受け止めて、その思考に惑わされず、ただそのときの感情をそのまま受け入れるという訓練ができることとか、そういうのもセルフコンパッションに入っていきます。



猪熊:4つ目は、本当に「謝る」ことを知るということで、現実で実践するには非常に難しいんですけど、人間関係の中で自分が傷つけようと思おうが思わまいが、お互いに傷付け合ってしまうことって絶対あると思っていて。でも傷つけてしまったときに本当に謝ることができるかというとすごく難しいんですね。 私は子供がいるんですけど、子供に対して謝るときは「ごめんなさいって言いなさい」って教えると思うんですけど、本当に謝るってただごめんなさいって言うことじゃないんですね。特に大人になると、相手の傷つきを認めて、自分がなぜそんなことをしてしまったかということちゃんと説明して、自分がやったことがどんな風に相手を傷つけてしまったのかを相手の視点から考えるということができて、初めて謝ることができる。これを文章で書くとすごく簡単なんですけど、 めちゃくちゃ難しいわけですよ。悪いなと思っていても、「悪気はなかったんで」って言い訳したくなったり。自分と価値観が違う人だったら「なんでそんなことで傷つくのかよくわかんない!」とか、「そんな些細なことで傷つかなくてよくない?」と思ってしまったり。そのスタンスに立っている限りは本当の意味で謝れないですね。 だから自分に悪気がなかろうが、自分だったら傷つかないようなことであろうが、相手の立場に立ったときには、実際に相手を傷つけてしまっているという事象が起きているわけなので、そこに寄り添って謝る。マザーテレサみたいにならないとできない訓練なんですけど、特に親密なパートナーシップなど人間関係を築く上で、親や兄弟、パートナーとか親子関係の中ではすごく重要なことかなと思います。



猪熊:5つ目が、依存や甘えに気づくということなんですけど、依存と甘えってすごく難しい問題で、いろんな性格がありますし、依存とか甘えがあること自体は別に悪いことじゃないですし、人間の心理とか人間関係の中では依存も甘えもあるものかなという風には思います。ただ、良い関係の場合は、依存と自立の間に意識して調整した甘え(律するほうの自律)、自律心を持って相手と自分の状態を考えて、自分の依存心と自立心の大きさを調整することができる。依存がないと、家族になる必要もないし1人で生きていけばいいじゃんという感じになっちゃうんですけど、適宜、良い依存、良い甘えというのもあると思います。ですが悪い場合で言うと、実際に依存してしまってる状態、例えば相手が夫だった場合、完全に依存してしまっていて、自分の自立心も自律心もほとんど育てていない場合は、あんまり良くないという形になります。


人間関係の中でよく起きているトラブルで1番多いんじゃないかなぐらいに思っているのは、「共依存」という依存関係なんですけど、自分と特定の相手がその関係に過剰に依存して、その関係性にとらわれてしまっていること。例えば、親と子の中で言うと、親は親で「この子が自分のそばにいないと、この子には自分がいないと何にもできないんだから」と思って、自分のそばにいてほしいみたいな強い気持ちを持っていて、支配される側の子供も、親の反応を気にして、親がどう考え、どう感じるかというのを全部顔色を伺っている。「自分で決めたら文句を言われる」と思って、お互いに依存してしまっているような関係ですね。これは親子でも恋愛でもありますね。支配力の強いようなパートナーであれば、独占欲や支配力が強くて、相手をコントロールする優越感、頼られることで自信を得ている方と、それに支配される側の方が、「窮屈なんだけど1人で寂しいよりマシかな」とか、「この人には私がいないとダメなんだ」と思って、共依存してしまっていることもあります。



猪熊:依存関係を抜け出す方法も色々あるんですけど、今日からできるステップとしてやりやすいのは、アイ・メッセージで伝えるという方法です。アイって自分のことですね。「私は〜〇〇と思う」という風に、 自分の感情や考えを伝えるコミュニケーション方法です。例えば、パートナーに趣味がなくて常に自分のそばにいようとするときに、「なんであなたは自分の時間を作ろうとしないの!」というと喧嘩になっちゃうんですけど、「私は自分の時間が欲しいし、あなたにもそういう時間を持ってほしい」という風に伝える。これはアイ・メッセージで伝えるというやり方なんですけど、こういうことを意識するのはファーストステップとしてもやりやすいかなという風に思っています。



猪熊:6つ目が、自分も相手も大切にするコミュニケーションをとる。



猪熊: これが先ほど出てきたアサーティブコミュニケーションという例なんですけど、コミュニケーション上手な人というのは、アサーティブ(積極的)なコミュニケーションができるんですね。アグレッシブ(攻撃的)は、自分の主張を通してまさに言い負かそうとするような感じで、パッシブ(受身的)はすごくわかりやすく言うと、イエスマンみたいな感じで、なんでも「はい、わかりました」「私がやります」「ごめんなさい」とかすぐ言っちゃうような人。



猪熊:アサーティブというのは積極的という意味なんですけど、自分も相手も大切で、自分の考えも理解してもらいながら、相手の要求も受け入れるというコミュニケーションをします。このアサーティブコミュニケーションをかなりテクニカルにやる方法があって、DESC方という風に言うんですけど、自分の言いたいことを4つのパーツに分解して話すことで、客観的に自分の意見を伝えられるというやり方があります。状況描写、気持ちの説明、要求、妥協案、これを全部セットで伝える方法です。例はすごくわかりやすくて、上司に「急で申し訳ないけど、昼までにこの書類を100部コピーしておいてくれるかな?」と言われたときに、「お手伝いしたいのはやまやまなのですが」これは気持ちの説明ですね。「今取引先からのお問い合わせ対応に追われておりまして、午前中は手が離せません。」これは状況描写です。「昼からならコピーできると思うのですがいかがでしょう?」この場合は要求と妥協案を両方伝えています。そうすると、「15時からの全体会議に出す資料だから、昼過ぎからで構わない。他の人にも声かけておくからみんなで分担してやってくれ」ということで、自分の要求も伝えながら相手の要求も飲んで、妥協案を提示して受け入れてもらう方法ですね。 こういうアサーティブなコミュニケーションを取っていくっていうようなやり方もあります。



猪熊:7つ目に、人を変えることはできない。相手を変えることはできないので、まず、「自分」が変わっていくことが最初にできることかなと思います。「他人と過去は変えられない。変えられるのは自分と未来」ということで、自分自身は何か意識をしたり訓練していくことによって、自分の性格のタイプ、気質のタイプ、コミュニケーションのタイプがあっても変えていくことができます。


「自分」を知る、変えるには、考え方の癖を変えるということで、今日学んだようなエニアグラムの9タイプ診断で、自分をの短所を理解したり、自分のコミュニケーションの癖を理解するというのもあるんですけど、認知の歪みとか偏り、考え方の癖も結構あるんです。全か無かみたいな思考になっちゃって、白か黒か、0か100かみたいな思考になっちゃうようなときであれば、そういう思考をしないように気をつけるとか。マイナス化思考でなんでもネガティブに考えすぎてしまう、なんでもないことをネガティブに考える癖があるってことにちゃんと気づくとか。そういう認知の歪みをしっかりと自覚していくことによっても、自分の考え方の癖を知っていて、それを意識することができると、自分を変えていくことができます。



猪熊:目の前の小さなことから未来を変えていくという意味で言うと、心理療法のひとつでブリーフセラピーという短期療法があります。シンプルな3つのルールがあって、今やってることがうまくいってるんだったら、変えなくていいです。一度やってうまくいったことは、繰り返してやっていきましょう。うまくいっていないんだったら、違うやり方、 違うことをやってみましょうというルールでも、自分自身を変えていくことができるので、何を変えて何を変えないかとことを意識するだけでも、コミュニケーションとか人間関係も変わっていくんじゃないかなと思います。



猪熊:将来的に今ある職業もどんどんなくなると言われている中で、「人間にしかできないことって何?」ということは今後より求められていくと思うんですけど、やっぱりコミュニケーション上手って実際にはこういう3つの力があるのかなと思っています。相手の心理や感情を察する力は、ただ感性的に察するだけじゃなくて、今日の9つのタイプを理解するような感じで、いろんなタイプの人がいるという知識を持っていると相手が本心で何を求めているのか、何が言いたそうなのか、どんな気分を感じてるのかというのが察ししやすくなります、 あとは相手に合わせる力で、相手のペース、相手の感情、相手の使う言葉に寄り添ってあげるという力だったり、そういうことを使うこともあります。あとは相手の心を満たす力ということで、常に自分との関わりの中で相手が心地よくいられるように、 相手はとても重要な人物として関わる。これは自己重要感というみんな持っている欲求なんですけど、自分のことを価値のある存在だと認めてもらいたいというのはどの人も持っている欲求なので、相手に対して、「私にとってあなたはすごく大切な相手なんですよ」ということをちゃんと伝わるようなコミュニケーションを取っていくことができると、将来においてもいろんな場面で必要とされ続けるんじゃないかなと思っています。


自分の価値観、思い込み、コミュニケーションの癖を知ると、 対処することができますし、自分とは違う相手の考えとかそう考える背景を知ればもっと寄り添うことができるのかなという風に思います。私が心理学を学んですごくよかったなと思うことは、やっぱり人間を知るって私はすごく面白かったんですね。すごく楽しいし面白いし、コミュニケーションで悩んだりしたときも「これは修行だ」と思って「これを乗り越えれば新しい自分になれる」という風に思いながら探求しちゃう癖があるんですけど、あんまり難しいものとは思わずに、占いやったらちょっと面白いなと思うぐらいの感覚で「人を知る」って面白いなっていう風に思っていただけたらいいなと思っています。




ご参加いただきました皆さま、ありがとうございました!!

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